《オーデマピゲ》新旧ムーブメント比較解析

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今年のSIHHにて、オーデマピゲは新たなコレクションとともに、新たな基幹ムーブメントcal.4302を発表した。今回はcal.4302について記事にしたい。

このムーブメントの評価に関しては賛否分かれるであろう非常に興味深いムーブメントだ。オーデマピゲには3つの基幹キャリバーがある。手巻きムーブメントのcal.3090、薄型自動巻ムーブメントのcal.2120、自動巻ムーブメントのcal.3120だ。そして、今年のSIHHにて、新たな自動巻ムーブメントが発表され、cal.3120からcal.4302へと更新された。厳密に言うと現在は双方ともに生産されているが徐々に切り替わっていくのだろう。

cal.3120

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cal.3120    21600振動 / パワーリザーブ60h            

インターネットより引用

cal.3120の誕生は2003年であり、当時のロイヤルオークRef.15300へ搭載され、後のRef.15400にも搭載された。設計のベースとなったのはJLCのcal.920であるが、前者に比べより実用的で耐久性の向上も図られた。外見からもcal.920に比べ堅牢性が増したのは見てとれる。輪列を固定する受けはある程度厚みがあり、さらにテンプは両持ち受けで確実に固定されている。振動数はベースが5.5振動だったのに対して6振動へと変更された。香箱の大型化に伴いパワーリザーブが60hとなり、トルクが増した3120は安定した等時性を保つ。自動巻機構はcal.920と同じく両巻き上げであり、JLCが開発したスイッチングロッカーが3120にも搭載されている。ムーブメント径はボーイズサイズのケースにも適用できる26.6mm、厚みは耐久性の向上に伴い4.25mmとなった。3120はクロノグラフのベースキャリバーでもあり、今日までAPの自動巻基幹キャリバーとなった名作ムーブメントだ。

 

cal.4302

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cal.4302   28800振動 / パワーリザーブ70h                インターネットより引用

cal.4302は2019SIHHの新作コレクションとともに発表された。搭載モデルは新ラインの《code11.59 Ref.15210》と《ロイヤルオークRef.15500》の2モデルとなっている。3120の登場である2003年以来16年ぶりの新規キャリバーとなる。4302はより効率的な設計で高精度にチューンできるムーブメントだ。見比べて直ぐ分かる違いはムーブメントの径が異なる点だ。cal.3210の26.6mmに対して、cal.4302は32mmへと拡大された。ムーブメント厚は4.8mmと径拡大に伴い少々厚みが増した。

3120はお世辞にも高精度だとは言えなかった。AP自身もこの点は痛感していたのだろう、4302では6振動から8振動(28800振動/時)へと改められた。加えて香箱の拡大に伴いトルクが3120→4302へ2.5倍になったことでテンプの慣性が増し、高精度化が図られた。しかし、兼ねてからAPが低振動でムーブメントを設計し続けたポリシーが、ここにきて破られた印象を受ける。なお、AP自社開発の前途した3つのムーブメントは全て低振動ムーブメントである。自動巻機構は両巻き上げだが、リバーサーへと変更されている。不動作角の大きいスイッチングロッカーよりリバーサーへの変更による巻き上げ効率の向上が見込まれたのだろう。また、スイッチングロッカー自体の摩耗も懸念材料としてあり、同社はこの機構に対して改良を続けたが、ムーブメント一新に伴いスイッチングロッカーから手を引いたのだろう。リバーサーの要でもある切り替え車だが、4302では兼ねてから4101(ミレネリー専用ムーブ)に搭載されていた切り替え車を使用している。ウェブクロノス(code11.59の回)で詳しく掲載されているが、切り替え車内部にセラミック製のベアリングを配置することで、切り替え車に懸念される摩耗対策を施している。しかし、高級自動巻機構の代名詞とも言えるスイッチングロッカーが撤廃されたことはいささか空虚感が残る。4101時からリバーサーへ移行されていることを考えれば自然な流れではあるが、私の見解として正直この変更に賛同はできない。

4302はムーブメント単体としてみれば、非常に合理的且つ実用的なスペックあり、高精度が見込まれる強力なトルクと堅牢な設計であるだろう。昨今、様々なメーカーから自社ムーブメントが開発されているが、それらムーブメントの仕上がりとは一線を画しており、正真正銘の一級品ムーブだろう。しかしながら、APの歴史的背景や、それらストーリーから裏付けされたムーブメントに色濃く残る設計から一線を超えてしまった4302には些か疑問が残るムーブメントであろう。

では、3120と4302ではどちらが良いのだろう。ムーブメントとしては双方ともに卓越した作り込みであるため、どちらが優れている、といった客観的な評価は難しいだろう。よって、主観的な評価で言うならば、非常に甲乙付けがたいのだが3120に軍配があがる。

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RO15400ST   cal.3120を搭載した最終型番

今後、3120はどうなるのだろう。自身の見解では4302、3120ともに製造は継続されるだろう。というのも、4302と3120ではムーブメント径が異なり明確な差別化が図られている。メンズモデルは4302が自動巻の基幹ムーブメントとして搭載されていくのだろうが、3120はケース径40mm以下のボーイズサイズに継続して搭載されるだろう。いずれにしても、4302は誕生から間もないため、今後さらに成熟していくムーブメントだろう。今後はAPのモデル展開も含め、4302にも着目して動向を見守りたい。