グランドセイコーの実用性について

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最近オンは専らGSである。よって、この時計の実用性について色々と書き連ねたいと思った次第だ。まず、本機はグランドセイコーカニカルSBGR053/SBGR253であり、これに基づきレビューを行う。実機レビューについてはこちらの記事をご参照していただきたい。グランドセイコー SBGR053/SBGR253 徹底解析 - なんでも語るブログ

リストウォッチの本来は精度と視認性、そして装着感が重要であり、実用時計と銘打っている以上、これらを如何に現実のものにするかが常である。そして、これを最も望ましい状態で具現化させることが設計陣の力量であり、最も重要なセクションであると感じる。

 

精度

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BOXには、検定合格証明書が同封され精度が保証される

時計は時刻を知るためのツールであり、機械式時計においても精度の追求は至上命題である。兼ねてからGSは精度に関して信念深い。スイスの天文学コンクールでトップの座に上り詰めたのは他でもなくSEIKOであり、この実績は往年にして語り継がれるべきである。さて、本機は9S65を搭載しており、調整基準に関しては社内で厳密な規格(GS規格)が設けられており、これに則って調整からアッセンブリーまで行われる。もちろん、精度はクロノメーター級に調整されており、実使用においてもすこぶる良好な精度をたたき出す。かく云う私のGSは携帯精度+3秒ほどであり、全くストレスのない数値だ。さて、機械式時計の精度というのは、歩度調整が全てではない。最後の頼み綱が歩度調整になるわけだが、設計段階における動力ゼンマイのトルク保持性、また輪列の伝達ロスや脱進機誤差なども全て精度に影響する。本機ではスプロン材による動力ゼンマイのトルク向上や保持性、MEMS技術による脱進機の軽量化により高い等時性を保つ。特にMEMSで製造されたガンギ車は極限まで中抜きされ、歯の端部に油だまりとなる溝を配するなど、これだけでもMEMS製造の技術レベルが窺える。そして、動力ゼンマイから解放されるトルクを常に一定に保つ自動巻も精度保持に起因するだろう。本機はリバーサーが採用される。巻き上げ車の不動作角が極端に小さいリバーサーは効率的に動力ゼンマイを巻き上げるため、非常に実用性が高く装着時に時計が止まってしまう心配はないだろう。そして、PRが72時間に設定された9Sは週末に時計を外しても翌週まで時計が動き続けることをコンセプトとしているが、これが実用にもたらす影響は大きい。機械式時計の時刻合わせは、秒単位まで正確に合わせるとなると数分を要するが、これを行うことなく時計が動き続ける長時間PRは今や各社が自社ムーブに採用する基準となっている。GSはシングルバレルの72時間PRであるが、長時間PRとトルクの安定性を両立させるのであればダブルバレルが定例だろう。しかし、巻き上げ効率の良いGSの自動巻機構が相まって、動力ゼンマイから解放されるトルクは常に一定であるため、問題はないだろう。

視認性

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セイコースタイルが継承された哲学的なダイヤルデザインはGSのシグネチャーである。極太のインデックスと針には多面ダイヤモンドカットが施され、あらゆる光源を反射する。夜光塗料が未塗布の本機であるが、暗所では少量の光源さえあればインデックスが輝きを放ちダイヤルを視認する事ができる。これが成立するには、インデックスに施されたダイヤモンドカットの筋目が歪みなく鋭角を保ち、切削面が適切な角度であるからだろう。時針、分針、秒針の長さはそれぞれインデックスの適切な位置まで指し、秒単位で確実に時刻を読み取れる。

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GSのブラックダイヤルはラッカー塗装であるが、極限まで平滑に磨き上げられることで艶感が増し、オニキスのような漆黒を思わせる色合いが美しい。スイスブランドの文字盤は、ラッカーを極薄に施す繊細な仕上がりこそ至高とされるが、GSは文字盤の耐久性を基本としラッカーは何層にも塗装された後、クリアの保護塗装が施される。このブラックダイヤルと植字されたインデックスの対照的なコントラストが視認性をより確かなものにする。

文字盤上の立体感とは非常に難しい問題である。立体感を出すには、複数のレイヤーを持つダイヤルに立体的なインデックス、これに極太の針を重ねる事である程度立体感は演出できるだろう。しかし、高級ウォッチメーカー群では、ダイヤルと針のクリアランスを可能な限り詰め、ダイヤルの見返しを低く保つ事こそ職人技が反映された至高のプロダクトとされる。これをうまく解決しているのは、老舗の薄型リストウォッチであり、限られた空間の中で立体感を演出する芸は非常に卓越した技術である。実用時計であればこれにある程度のクリアランスを設けるが、GSのプロダクトはどれも過大なほどに見返しが高いものばかりである。このダイヤルに設けられた空間を詰めることで、ベゼルからミドルケース、各所パーツへと反映され、より洗練されたプロダクトになると感じる。

装着性

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実用する中で最も重要とされるポイントは装着性だろう。ここが満たされなければリストウォッチとしては致命的である。GSにおいても、ここが不満点である。本機はケース径37mmと日本人の腕回りには収まりの良いサイズ感であるが、ケース厚は13.3mmである。ロレックスエクスプローラー1を引き合いに出すが、こちらはケース厚11.5mm。単純なケース厚の比較が装着性に反映されるわけではないが、やはりこの差は大きい。ムーブメント厚比では3132(Rolex)が5.37mmに対して9S65(GS)は5.9mmであり、0.5mmの差異はあるが主要因はケースであることがわかる。この分厚い9Sムーブメントを格納するため、40sのバブルバック(Rolex)を連想させる程膨れ上がった裏蓋を持つ。これは視覚的な薄型化を図るため、ミドルケース側面を弓型に削り出したためである。結果として、腕元への接地面は裏蓋のみであり、これを巻き付けるようにしてブレスレットが取り付けられる。

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ブレスレットは3連であり、オイスターブレスのような擬似3連ではないため非常にしなやかである。特に感心させられるのはバックルであり、プッシャーを押すことで瞬時に脱着ができるため気持ちが良い。装着性であるが、13.3mmのケース厚に対してブレスレットは華奢であり、時計を腕に載せてる感は否めない。装着感を改善させるためには、時計の重心を低く保つ事が定説である。本機でいえば、裏蓋を薄くすることでミドルケースの重心が低く保たれ、伴ってダイヤルの見返しが薄くなることで、理想的な形になるのではないかと思う。もちろんこれ程単純な話ではないわけだが。

総評

実用時計として十分なスペックを備えた本機であるが、やはり不満点は装着感に尽きる。これを機械式時計的な重厚感と捉えられるのであれば、本機を心からススメられる。しかし、様々なプロダクトを知る事で、自ずと不満点は露になるものだ。9Sムーブメントに関しても既に目新しさは感じられなくなった。これは各社が自社ムーブメントの開発にあたり、ロングPRや調速機構と脱進機の改良が普及したためだろう。しかし、こういった現在の環境下であっても、外装の質感は素晴らしい。日本刀のように歪みがなく稜線を残す鏡面仕上げを如何にして形にするか。これを最も望ましい状態で実現したものがザラツ研磨という工程であり、GSの象徴ともなるパッケージである。

実用時計というのは精度のみに起因するものではない。ダイヤルのデザイン、外装の仕上げ、ブレスの質感、重量バランス、すべてが相まって実用性というパッケージングが成立するかである。パッケージングというのは恐ろしく深い世界であり、この本質を理解できる人間がメーカーには必要である。GSのプロダクトは多様に発展しているが、これを本当に理解している人間が求められるように感じる。