Czapek & Cie Antarctique Cal.SXH5

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czapekgeneve for instagram より出典

ブログ更新は久々になるが、やっと記事にできるトピックが上がった次第だ。それはチャペックから発表された新作時計であり、これはチャペックにおける新しいカテゴリーである。時計のディティールは昨今のトレンドでもあるラグジュアリースポーツウォッチスタイルであり、ラグスポ群の新作プロダクトはもはや驚くべき事ではないが、チャペックからの発表は衝撃的である。もはや、少量生産の独立系ブランドですらラグスポカテゴリーは押えなければならない領域らしい。

この新作時計は、既に様々なサイトで取り上げられている為、時計愛好家であれば既に読み込まれている事だろう。その為、外装及びブレスのディティールについては差し控えるものとし、本稿はこれに搭載される新開発ムーブメントに注力したい。さて、アンタークティックに搭載されるムーブメントはこの時計のために開発された新設計ムーブメントである。

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czapekgeneve for instagram より出典

これはアンタークティックに搭載されるCal.SXH5である。一目で感じられるディティールはマイクロローター及びスケルトナイズされた分割ブリッジである。これらはチャペックとしては新しい試みであり、ラグジュアリースポーツウォッチ群としてもまた新しい試みである。しかし、角穴車のオープンラチェットやブリッジ全面に施されたサンドブラストはチャペックのエッセンスを十分に感じられる。これ程までにスケルトナイズされたムーブメントである為、その内部構造や設計者の思想がより感じ取りやすいディティールである。おおよその内部設計はウォッチメディアオンラインのCCFan氏による記事で既に解説されており、記事をご覧になればこのムーブメントについての設計は明快になるだろう。

チャペック アンタークティック SXH5 マイクロローターセンサーセコンドムーブメントを探る | BLOG | WatchMediaOnline(ウォッチ・メディア・オンライン) 時計情報サイト

おそらくこのムーブメントの要はウォッチメディアオンラインでも取り上げられているように、オフセット輪列をセンターセコンドにすべく設計された秒車の取り回しだろう。まず、センターセコンド機には大きく分けて2種類のベース設計があり、4番車をセンターに据えるダイレクトセンターセコンド機と、4番車をオフセットし主輪列からバイパスしてセンターセコンドを駆動させるインダイレクトセンターセコンド機がある。前者の代表格はロレックスである。センターセコンド機にとって4番車をセンターに置くことが最も望ましい輪列構造であるが、これではセンターに輪列が集中する為に厚みが嵩む。よってセンターセコンド機を薄型に仕立てる為には、主輪列を外周に追いやり、仲介車とピニオンでセンターセコンドを駆動するインダイレクトセンターセコンドが望ましくなる。

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watch-media-online.com より出典

これがSXH5の輪列構造である。ご覧の通り2番車から動力が分岐しており、仲介車(青3番車)からセンターのセコンドピニオンに通じる設計だ。一見これは非効率な設計であると感じるだろう。通常であれば動力の分岐は3番車であり、これで直接セコンドピニオンを駆動させることが最も明快な輪列構造である。では何故、本作は仲介車を設けてまで2番車から動力を分岐させているかである。

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nakahiro.parfait より出典(Patek cal.27SC)

ここからは私の完全な構想である為、あしからず。インダイレクトセンターセコンド機では、秒針をオフセットさせることで秒車(セコンドピニオン)の挙動が不安定になりセコンドハンドのふらつきが発生する。コレは出車と秒車の歯数が合わない為だ。解決策としての通例は秒カナ押えバネであり写真(上)が示すの通りだ。秒車に対して押えバネでテンションを加えることで挙動を安定させることができる。しかし、この押さえバネが時としてテンプの振り角に影響を及ぼすのだ。

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yuhaotime.com より出典

写真(上)はPatekのCal.12SCである。コレは1940年に開発されたオールドパテックムーブであり、センターセコンドが世に流行り出した時代背景の中で生まれた出車式のインダイレクトセンターセコンド機である。当時はダイレクトセンターセコンド構造がまだ世に出る前であり、スモールセコンド輪列に出車でセンターセコンドを仕立てるこの構造が主流であった。ご覧になれば分かる通り、どこかクロノグラフを思わせる造形であるのは、4番車を出車とし仲介車を設けている為だ。しかし、通常の出車は3番車に設け、これで直接秒車を駆動させるのが一般的である。パテックがこのような取り回しを行ったのには、やはり秒針のふらつきが懸念された為である。Cal.12SCは前述したように、まさにクロノグラフ構造そのものだが、このように4番車→仲介車→秒車と輪列を設けることで各車の歯数を最適に調整できる為、秒カナ押さえバネを設けずとも秒針の挙動を安定させることができる。構造は違えど、本稿のSXH5も同様の思想を取り入れたものではないかと思った次第である。