ジュールオーデマ エクストラシン 15180OR 徹底解析

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今回はオーデマピゲのコレクションの中でもクラシックラインである《ジュールオーデマ エクストラシン》の徹底解析としたい。

オーデマピゲといえば、今やロイヤルオーク一色になりつつあるが、私は寧ろその他のコレクションにもフォーカスすべきだと感じる。SIHH2019にて発表されたCODE11.59は時計界の新たな先駆者となり、時計史に残るコレクションとなるやもしれない。同ブランドのミレネリーはオーデマピゲに所属する日本人の時計技師である浜口氏が設計に携わり、我々日本人としても誇らしいコレクションだ。今回ご紹介するジュールオーデマに関しては、創設者のひとりであるジュール=ルイ・オーデマの名を冠し、オーデマピゲのクラシックラインとして長らくブランドを支え続けた名コレクションだ。

 

今回は現行のジュールオーデマの中で最も薄いエクストラシンをご紹介したい。

現在ジュールオーデマから展開されるコレクションは主に、《ジュールオーデマ オートマチック》と《ジュールオーデマ エクストラシン》の2モデルで、どちらも自動巻ムーブメントを搭載する。搭載するムーブメントは前者がcal.3120、後者はcal.2120と異なる。伴って、それぞれのコレクションの主な違いはケースサイズであり、前者はケース径39mmに対しケース厚9mm、後者はケース径41mmに対しケース厚6.7mmに留まった。エクストラシンは文字通り自動巻き時計の中でも極薄の類に入る。エクストラシンに搭載する2120ムーブメントは厚さ2.45mmと極薄だが直径は28.4mmと大型な為、ケース径に関しても41mmと相応のサイズに至ってしまった点は致し方ないところだろう。搭載する2120ムーブメントは時計史に残る、かの有名なジャガールクルトcal.920をリファインした名機だ。cal.2120に関しては下記の記事をご覧になっていただきたい。

自動巻で最も審美的なムーブメント 《cal920》 - なんでも語るブログ

薄型ケースの巧みな手法

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ケース側面は湾曲しており、時計の薄さをより強調する要因となっている。

厚さ6.7mmというと、当コレクションを認知していない方からは十中八九『手巻き時計ですか?』と聞かれるほどだ。自動巻きということを伝え、そのムーブメントを露呈すると、その美しさに圧倒される方は少なくない。薄型の追求はムーブメントに収まらず、ケースに至るまでオーデマピゲが培ってきたノウハウが反映されている。

ケース素材は18KPGからなり、形状はラウンド型と至ってオーソドックスなスタイルだが、ケース側面は湾曲し丸みを帯びている。ケース側面は垂直に落とすと厚みを感じ、湾曲に処理を施すことで厚みが軽減される。iPhoneの本体側面の処理も同様に湾曲していることを考えると想像しやすいだろう。側面の処理はヘアライン仕上げとなっており、ヘアラインの筋目は非常に細かくこの辺りはロイヤルオークと同様、非常に卓越している。ケースはシンプルな3ピース構造になっており、ミドルケースのヘアライン仕上げとは対照に、それを挟み込むように0.5mm程のベゼルと裏蓋の側面はポリッシュ仕上げが施される。こうすることでケースサイドの輪郭がくっきりと現れ薄型に貢献している。リューズはケース厚と面一に仕上げられ、リューズの引き出しは湾曲したケースサイドとの爪あたりがよく、操作感も良好だ。

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裏蓋はシースルーバックになっており、cal.2120の21Kローターは驚くほど美しい。

ベゼルは風防へ上るように緩やかな傾斜が与えられることで、間延びせずシャープな印象を与える。ベゼルはポリッシュ仕上げとなり、傾斜も相まって光の反射が美しい。裏蓋はシースルーバックになっているが、薄さを阻害することのないようねじ留め式になっている。ケースの厚みを最小限に抑える設計だが、その弊害として防水性は2気圧防水と少々心もとないが、シースルーバックからはcal.2120を眺むことができる。このムーブメントのローターの造形は薄型ムーブメントの審美性を芸術の域まで昇華させる。

ラグはケースの仕上げと同様に表面はポリッシュ、側面はヘアライン仕上げが施されている。ラグの角度は緩やかだがラグの長さを控えることで、装着感の低下を補っている。これは大型径の時計によく見られる手法だ。

 

薄型で立体的な文字盤

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バーインデックスに対してリーフ針とフェミニンで優雅な印象を与える。限られた空間の中で非常に立体的に仕上げている

オーデマピゲは薄型文字盤の世界すらも巧みに操る。

今回のレビュー機は黒文字盤だが、同コレクションではシルバー文字盤も展開されている。(ギョーシェのモデルも展開されているが、この記事では記述しない。)黒文字盤とシルバー文字盤は同様の仕上げが施され、中央に放射されるサンレイ仕上げがなされている。仕上げは繊細で光が差し込むと放射状に煌びやかに反射する。シルバー文字盤では、その仕上げはより顕著に見られる。対して、黒文字盤ではサンレイ仕上げは施されているものの、シルバー文字盤のような荒々しいほどの輝きはなく、黒文字盤をより華やかに魅せる下支えのような印象を与える。黒文字盤の特出すべき点は、文字盤が魅せる表現の幅が広いことだ。光を取り込むとサンレイ仕上げが上品に輝きを放つが、文字盤へ差し込む光をシャットアウトすることで、まるでオニキスのような黒を表現する。その色合いはまさに漆黒であり、その文字盤を眺めると飲み込まれるほど深みのある表情を見せる。

インデックスはアプライドで18KPGからなる細身のバーインデックスが配置され、12時位置はダブル配置されている。ミニッツトラックや秒目盛りは取り払われ、文字盤には12個のアプライドインデックスのみが配置されている。12時位置には社名ロゴが白字で印字されている。自動巻きであることを表現する『Automatic』という文字は廃され、文字盤全体は徹底してミニマルを極める。

針はリーフ針が与えられ、限られた空間の中でも立体的な造形を見せる。クラシック時計だと主にドルフィンやブレゲ針が多用されるが、曲線的なリーフ針が立体的な造形を表現する上では最も適しているのだろう。エクストラシンに使用されているリーフ針は文字盤外周まで行き届いておらず、おそらく、これは39mm径のオートマチックに使用されている針を流用しているようにも思える。

これら文字盤と針は紙一枚も通さないほどのクリアランスまで詰められ、今では自動化された針の設置工程もエクストラシンでは職人の手によって行われる。文字盤を眺めると深みある漆黒からアプライドされたインデックスと針が浮かび上がってくるような印象を与える。まるで宇宙とそれを取り巻く惑星のような、それほどまでに深く遠い距離感があるように感じる。

 

総評

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オーデマピゲは常に薄型時計の開発製造を行ってきた。故にブランドとしてのノウハウは卓越している。

ジュールオーデマコレクションも今となっては不人気モデルのため、正規店にすら並ぶことのない珍しいモデルになってしまった。おそらくこのモデルを認知している方は少ないだろう。そして、今後さらにその傾向は増していき、いずれディスコンとなるだろう。2120ムーブメントは決して生産性が高いわけではなく、ジュールオーデマに対する市場の需要低下に伴って生産数がかなり絞られていることは確実だろう。しかし、私は声を大にして言いたい。このモデルの素晴らしさが時計好きの目に止まれば幸いだ。