雲上時計の維持について

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《形あるものいつか壊れる》とは、諸行無常の中の一項だが、これは本当に全てのものに当てはまり、一生モノと言われる時計であってもこれに反することはできない。しかし、延命させる為の措置としてメンテナンスがあり、時計であればオーバーホールということになる。

先日のことである。私が所有しているVCオーバーシーズRef.47040のデイトが切り替わらないというトラブルが起こった。さて、デイトディスクの切り替えには基本的に2通りの動力経路がある。1つ目はリューズ(巻き芯)を一段引き、“オシドリ→カンヌキ→小鉄車→早送り車”に伝う動力である。2つ目は、主輪列からバイパスされた動力であり、2番車である“筒車→中間車→カレンダー送り車”となる。これがわかると、デイト切り替えに伴う不良トラブルの原因が、どちらの経路によるものか探求することができる。デイト切り替えで陥りやすいミスとして、日付操作禁止時間帯(21:00〜3:00)でデイト操作を行った場合だ。正子のデイト切り替えに伴い筒車からバイパスされた"カレンダー送り車"がデイトディスクに噛み合う。この段階で無理やり"早送り車"の入力でデイト操作を行うことで"カレンダー送り車"に負荷を与えてしまう。結果として、カレンダー送り車が損傷しデイトの切り替えが無効される(損傷を避けるため、送り車が逃げるムーブも存在するが、復帰にはOHを要する)。不良トラブルによる原因が分からなかったとしても、どちらの経路に問題があるかを探求することで、故障の原因や損傷部をある程度推測することが可能である。

問題となったオーバーシーズの症状は“早送り車"と"カレンダー送り車"、どちらの入力も無効される状態であった。つまり、トラブルの原因はこれら2系統がともに不良を起こしたということになる。不良トラブルとしては珍しい状態であり、考えられる原因としては衝撃によるこれら2系統の不良であろう。いろいろと頭を巡らせたのだが、結果としてオーバーシーズのデイト不良は短期的な症状で済み、何故かデイト入力は2系統ともにリカバリーされていた。全てが済んだわけではないが、現状は経過観察ということでOHは見過ごしたのだが、原因はなんだったのだろう(ディスクの動力を妨げるなにかか...)。

さて、ここからが本題である。《形あるものいつか壊れる》これの延命措置には必ずコストを要する。時計でいえばOHであり、メーカー推奨3〜5年/1回という頻度で5万〜15万(ピンキリ)程である。車では車検という明確なスパンがあるが、時計のOH頻度はオーナーの判断に委ねられる。問題は突如起こる不慮のトラブルである。対策は急を要し、的確な判断が求められる。正規メンテナンスを行うか外部の専門業者に委託するかであり、割安で済ませられるかは損傷箇所のドナーを専門業者が供給できるかに依存する。いずれにしてもコストはかかる。雲上時計ともなれば正規OHで10万以上であり、これに交換パーツ代を含め最低でも20万は見積もらなければならない(外部であっても、凡そ半値は必要)。しかし、OH代は天井がなく、交換パーツが膨れ上がることで費用も累積されるものだ。ここでオーナーはその時計の延命措置に対して数十万というコストを支払うよう提示される。時計の購入に際して高額なアフター費用は覚悟していたが、この状態が表面化することで雲上時計の維持に要するコストを漸く痛感することになる。今回のオーバーシーズを引き合いに出すと、VC正規OH13万円+デイト故障に伴うパーツ代金でざっと20万円。モノの維持とは常にこのリスクと隣り合わせであり、これの継続的な維持にこそオーナーの真価が問われる。老舗メーカーの謹厚な保証は魅力であるが、この金額を快く支払うことができる寛容な人間になりたいものだ。

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