新作3針ストリームライナーについて

モーザーの新作ストリームライナーの発表からまだ数日であるが、銀座NX ONEでは特別受注会に合わせて展示を行うということで、当然のことながら、これに合わせて実機を見させていただいた。発表からまだ数日にもかかわらず実機展示に至ったのはNX ONEがHモーザー直営店である事に他ならず、新作発表の翌日から実機が見られるというのは時計業界としては非常に珍しいことである。

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さて、本作ストリームライナーであるが、3針はシリーズとして後発であり、実はクロノグラフが初作である。初作のストリームライナークロノはアジェノー社のクロノグラフムーブを搭載したことで定価500万↑と超絶価格であったが、ようやく3針が登場した事で現実的なプライスとなった。

本作のポイントは何と言ってもモーザー初となるケース一体型ブレスの造形である。昨今トレンドのラグスポカテゴリーに属するかといえば疑問だが、少なくともランゲのようなクラシックウォッチ一辺倒のメーカーでさえデイリーウォッチをラインナップさせる業界の流れを意識したことは間違いない。しかし、故ジェラルドジェンタのようなエッジの効いたデザインとは対照的に、流線型を基調としたジェンタデザインに対してのアンチテーゼ的なプロダクションはやはり同社らしいと感じる。

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まず、現物を見たファーストインプレは非常に作り込みが丁寧だということ。かなり抽象的な表現だが、これはパーツ一点一点のクオリティが厳密に管理されているが故。とくにストリームライナーのような曲線デザインはちょっとした歪みの違和感で一気にデザインが破綻するため、設計とクオリティの管理が重要になる。対照にROなどの平面デザインは仕上げが見栄えし易いと言える。とは言え、ストリームライナーは曲線部に至っても均一な仕上げを持つ。あらゆる方向からの光源に対して、光の反斜面が均一であれば良質な仕上げだと言えるが、まさにストリームライナーはこれを実感できる。

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そして、ブレスの構造が非常に面白い。ストリームライナーのアイコニックであるブレスレッドは一連ブレスのように思えるが、裏面を見ると分かるように実は三連ブレス。メインのM型パーツは裏面から見た外駒パーツにあたり、このM型パーツを中駒リンクで結合している構造。そのため、ブレスを曲げるとM型パーツのコマ間から微かに中駒が見て取れる。ブレスのデザイン上、可動域が広いとは言えないが、三連ブレスにすることで可動域が広くなり、装着性を上手く解消している。写真(右)のデザイン画が示すようブレスのM型パーツをサイドから見ると山型に角度が付けられている。ブレスを腕に巻いた際に美しい稜線を描かせるためであるが、こういった細かなディテール面の配慮も欠かさないのが流石である。

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ケースディテールはクッションケースそのもの。故にP社のラジオミール感が漂う。ケース径は40mm、ケース厚はアンダー10mmとかなり腕馴染みが良い。これもP社の◯◯ミールを想像すれば腕の収まり感もなんとなく想像できるだろう。ベゼルは中心から放射状に描かれたサンレイ仕上げ。これも仕上げ面が均一であり美しくしっとりとした輝きを持つ。

さて、最後にモーザーの売りであるフュメダイヤルである。当然のことながら本作もフュメ。恥ずかしながらフュメの定義が不識であったためセールスの方に確認すると【グラデーションダイヤル】の総称だとのこと。ダイヤルの下地仕上げはモデルによって様々な為、同じフュメダイヤルと言っても下地によって表情が変わるのが面白いところ。本作の下地はサンレイ仕上げ。製作工程としては通常のサンレイのように中央からブラッシングをかけて下地を整えた後、マトリックスグリーンのラッカー仕上げ。最終工程としてフュメとなるグラデーションペイントを施す。こんな感じだろうか。本作は特にグラデーションが強いように感じる。また、グラデーションで仕上げられた外周部は通常の塗料とは異なり、スプレーで吹き付けたようなザラツキ感がある。マトリックスグリーンに関して言えば思った以上に色味が暗く落ち着いた印象である為、グリーン文字盤に違和感を持たれている方も納得されることだろう。私としては最近見させてもらったAPのCODE11.59サンレイと似通った印象を受けた。とにかくこのダイヤルに関しては説明が難しいため、是非とも実機を手に取って感じて欲しい。

 PS・・・以前ブログにしたベンタブラックをこの機会に見させてもらった。あれドームガラスに反射してベンタの色味がイマイチ伝わらなかった。屈折を避けるために風防はフラットの方がいいのかな。何にせよ、ベンタの表情は時計のダイヤルだけでは表現しきれないように感じた。

LAINE Gelidus 2

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コロナ蔓延が長引き終息の見込みが立たないまま感染拡大が続いている昨今であるが、時計販売店を含め小売店は自粛解除宣言を境に営業を再開している。しかし、インバウンド需要で支えていた銀座などの首都圏では当然のことながら客足は少ない。対して、店舗では入店人数の規制や来客者の検温チェックなど、細かいところではあるが人件費ばかりが嵩む事で経営状況の深刻さが窺える。折角勢いづいてきた時計業界であるが新型コロナの影響が今後の発展に暗雲を立ち込める。そうならないことを願うばかりである。

今回はLAINEを拝見させてもらう為、恵比寿にある時計販売店のノーブルスタイリングに伺った。この販売店の面白いところは取扱ブランドのラインナップである。LAINEは勿論、アーミンシュトローム、チャペック、クリストフクラーレ、HAUTLENCE(オートランス)など、まさにマニアックの真髄ともいうべきラインナップである。ノーブルスタイリングは恵比寿ガーデンプレイス奥のウェスティンホテル1Fに店舗を構える。勿論ホテルに宿泊せずとも来店は可能であるが、フロントの雰囲気はなんとも言えない緊張感がある。

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marriott.co.jp より出典

さて、本題のLAINEであるが最近は時計専門誌『クロノス日本版』でも多く掲載されている為、時計愛好家であれば既にご存知の方も多いはずだが、実物はまだ未見であるという方は多いはず。私もやっと実物を拝見できた身である。LAINEの商品カタログベースは1型だが、ダイヤルや針の形状、ムーブメントの仕上げをお好みにカスタマイズできるセミオーダー式。勿論、店舗には在庫として販売品が並んでいるため、そちらでお気に召されれば即日納品となるが、特にオーダーによる別途料金が発生するわけでもない為、お好みでカスタマイズされるほうが宜しいだろう。さて、販売形態からも分かるよう、LAINEはメーカーに属さない独立時計師ブランドである。年間製造本数は凡そ20本であり、その製造の全てを創立者であるトースティ・ライネ氏1人で行っているというから驚きである。ライネ氏はランゲやヴティライネン氏の下で腕を磨いた1人であり、プロダクトの完成度は実物をご覧になれば見て取れることだろう。そんな手作り時計がU100万で手に入るのだから刺さる人には一見の価値ありだ。

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laine_watches instagram より出典

この時計の見所はなんといってもダイヤルである。上写真はLAINEの中でも人気ダイヤルのサンドブラスト・フュメである。アラビアインデックスや針の変更は可能であるが、やはりこのサンドブラストダイヤルがLAINEの中でも一種の定番である。アラビアインデックスやインダイヤルのサークルはアプライドの別体パーツのように思えるが、実はフライス盤で切削したダイヤルとの一体物。切削を終えるとダイヤル全体にサンドブラスト仕上げが施される。最終工程としてサンドブラストがかけられたインデックス表面を平滑に仕上げる。大まかにいうとこんなところだ。製造方法を聞くとなるほどと思えるが、アプライドではなくフライス盤にこだわるのは彼が3D CADによる設計を得意とするため。PVDで施されたダイヤルの濃淡も非常にナチュラルな仕上がりで美しい。ブレゲ数字のインデックスフォントも全くハズす気すら感じず、正に正統派である。どこかで見たようなダイヤルパターンはパテックのプラチナ96であり、やはりこのスタイルは美しい。ただし、眼を凝らすとやはりフライス切削の限界を感じる点は多々あるが(特にインデックスの鋭角部)、そんな欠点も手作り時計と考えれば許容範囲である。

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ムーブメントは汎用である。ダイヤル側のスモールセコンド位置を見れば詳しい方は勘ずくであろう、かのユニタス64である。裏面を見ればお馴染みの輪列配置と16.5リーニュの大型ムーブから一発で64系だとバレる。寧ろ隠そうとはしていないだろうが、メインブリッジやバランスブリッジを新造している為、素人目からは全くの別物に見えるほどチューンナップされている。全体的な造形は2/3ブリッジやメインバレルのサンバーストなどドイツ系の仕上げを意識したように感じる。そして、受けはダイヤルと同じく端部にガイド(縁)を設けたサンドブラスト仕上げ。恐らく、製造工程はダイヤルの手法と同じだろう。もちろん面取りは入念に施されている。そして、なによりバランスブリッジとガンギ受けが特徴的である。軸受けに沿ってシェイプされたブリッジは耐久性の限界ではないかと思わせるほどサイドラインが削がれている。ブリッジをシェイプさせたことにより捻出された曲線とエッジがこのムーブメントのアクセントであり、機械面取りでは不可能なエッジ部の面取りが手作業であることを主張する。なんとも残念なのは調速機構である。フリースプラングに拘る必要はないが、汎用同然のエタクロン緩急針と耐震装置が際立って目立つ。各部が完璧に仕上げられている故に、ここは改良して欲しいところ。

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laine_watches instagram より出典 

腕に乗せると何処となく手作り感が感じられるのが、この時計の持つ魅力の一つ。ただし、何も荒が目立つといったネガティブ要素ではなく、ディテールは高級機同然の仕上がりを持っている。ただ、ハンドメイドウォッチにはメーカー品にはないオーラを纏っており、手に取ると不思議と感受できるのが面白いところである。ともあれ、ハンドメイドウォッチを低価格で市場に送り出した時計としてLAINEは先駆けであり、今後このような販売形態が普及することでもっと個性的なプロダクトが創出されると思うと今後が非常に楽しみである。

H.moser ベンタブラックという物質について

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moserwatches instagram より出典

時計販売店にて会話が弾み、徐にH.モーザーの話になった。

「そういえばベンタブラックはすごいよ。」

なるほど。勿論、時計メディアや雑誌を物色している私はベンタブラックについて既知の素材であったが、どうやら想像を超えるモノだと感じた。時計愛好家であれば既にメディアでご覧になった事だろう。ベンタブラックは可視光の最大99.965%(全反射率0.2%)を吸収する物質であり、この世で最も黒い物質である。ベンタブラックはカーボンナノチューブで構成され、吸収した光はチューブ内で屈折を繰り返し、熱となり放出される。つまり、殆ど光を反射することなく吸収してしまう為、肉眼では黒く表現されるというわけ。しかし、よくよく調べてみるとカーボンナノチューブを組成とした物質はコーティングとして不向きな為、Hモーザーではこれを基に開発されたVENTABLACK VB×2という特殊塗料が使用されている。つまり、厳密には別物である。これはカーボンナノチューブを使用しない黒色塗料であり、全反射率は1.1%と劣るものの十分に優れた数値を保持している。いずれにしても、これがどれほどの色味を表現するかは実物を見てみなければわからない。

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tabi-labo.com より出典

話の中でセールスマンはベンタブラックの表現を、『まるでソコに穴が空いているように見える』とのこと。床一面にそれが塗られていると、床が底無しに見えてしまうほど黒く可視化され、まさにブラックホールのように感じるそうだ。また、ベンタブラックで塗装された物体は光の陰影を全く持たないため、空間的な奥行きの知覚が失われ肉眼では2次元的に見える。因みに、ベンタブラックはBMWの車両塗装にも実績があるものの、塗装の耐久性や公道での安全性が保てないため販売には至っていない。BMWもHモーザーと同様にVB×2での表面塗装を行っている。引用動画をご覧になればわかるよう、施工法も容易であるように感じる。カーボンナノチューブ構成は約430℃で化学蒸着させる必要があるのに対しVB×2はスプレー方式だ。これであれば様々な基材に対応できるだろう。

www.youtube.com

ここまで記事にまとめたわけだが、実は私も実物はまだ確認できていない。全く未知の塗装が採用されている為、是非とも実機を確認したいと感じさせる時計である。

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moserwatches instagram より出典

 

新作クロノマットB01 42

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BREITLING instagram より出典

新作の目玉としてはブライトリングも2020の大きなトピックである。同社のトップラインであるクロノマットは2020年を持ってモデルチェンジを果たした。その外観は1983年に登場した初代クロノマットを思わせるルーローブレスレットを備える。また、デカ厚ブームの中核であった前作の44mmケースは、本作から42mmへと小径化された。そんな当モデルの実機を見てきたエントリ。

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BREITLING instagram より出典

ケースの仕上げはやはりブライトリングらしく堅牢感があるのは前作同様である。ポリッシュに定評のあるブライトリングだが、本作は全体的にサテン仕上げ。ヘアラインは鋭く荒い仕上げではなく、繊細な艶消し仕上げであるため、ROのようなギラギラ感はなくインフォーマルな印象を与えるのが本作の特徴。ベゼルは唯一フルポリッシュであるが、ブラックアウトすると目盛りが見えなくなる点は不安要素。リューズ及びプッシャーは完全にデザイン変更が加えられている。特にプッシャーはプレーンな造形に変更されている為、好き好み分かれそうだ。ラグは前作では傾斜が著しかったが、本作ではケース小径化に伴い傾斜はなだらか。かく云う初代は傾斜を持たない真っ平らなラグであったが、流石に本作では装着性が考慮されている。しかしながら、ルーローブレスの取り付け部は十分な可動域であるため、ラグの角度はそれほど気にしなくても良さそう。

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上)初代クロノマット 中央)クロノマット44 下)クロノマット42      webchronos.net 及び fratellowatches.comより出典

インデックスも細身に改められ針はバスタブ形状、これは初代からインスパイアされたデザイン回帰である。しかし、やはり現代のクロノマット。インデックスや針はダイヤモンドカットで完璧な鏡面を持つ為、依然高級時計らしい印象を与える。

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swisswatches-magazine.com 及び ablogtowatch.com より出典

さて、本稿のハイライトであるルーローブレス。初代クロノマットを彷彿とさせるが構造は全くの別物。ブレスはそれぞれのコマが独立パーツのように思えるが、実は2コマがニコイチになっており、各パーツをピンで接続している。ピン留めに関しては賛否あるだろう。しかし、重厚な印象を与えるネジ留めよりは、やはりピン留め方式の方がブレスとの印象にマッチしていると感じる。しかし、凡そ全ての調整コマに記されたピン抜き方向を示す→マークが目立ちチープに感じところは残念だ。肝心な装着性の話になるが、ルーローブレスと聞くと初代のようなジャラジャラブレスを想像するが、新型は写真(上)が示すようにある程度可動域には制限があり、ブレスレットに芯がある印象。しかし、装着性の上でブレスが腕から浮くという心配はなく、ご想像の通りしっとりと腕に馴染む。問題はブレスとヘッドのバランスである。旧世代では重厚な標準5連ベルトがヘビーなヘッドを支えていた。5連ベルトは十分な厚みと最適なコマ数による安心感があった。そのため、ルーローブレスが現代クロノマットと調和するかが気になるところであるが、こればかりはコマ調整を行った段階でしか確かめようがない。それと、ルーローは重厚故にコマ間の遊びが少なくブレスレットのシナリが殆ど無い。そのため、実際に腕に巻いた際、これがストレスになる可能性は考えられる。しかしながら、現代版にブラッシュアップされたルーローブレスの完成度は高く、その仕上げは抜かりない。特にコマ側面は完璧に面取りがされており、肌当たりが良くデザイン上のアクセントにもなっている。アーカイブの復刻デザインであるが、新造されたブレス構造も改めて巧妙な設計であると感じる。是非、このブレスは実機で体験していただきたい。

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 BREITLING instagram より出典

クロノマットB01 42

¥979,000

ステンレススティー

直径 42.0 mm

厚さ 15.1 mm

サファイアガラスのシースルー裏蓋

防水性20気圧

ムーブメント

ブライトリング 01キャリバー

自社開発製造

自動巻き

70時間パワーリザーブ

振動数28800.0回/時(4.0 Hz)

 

新型ポルトギーゼ40mm

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iwcwatchs instagram より出典

COVID-19に伴う緊急事態宣言による自粛期間を終え、徐々にではあるが日常の生活が戻りつつある。時計ブティックを含む小売店においては営業再開の兆しが見え、世界的パンデミック下で発表された2020新作時計群が次々と店頭に並び始める。想えば既にそんな時期である。晴れてブティック(直営店)の営業再会に合わせていくつかの新作時計を見てきた。そのうちの一つがIWCである。

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(左)ポルトギーゼクロノグラフ(中央)ポルトギーゼオートマチックオートマティック7Days(右)ポルトギーゼハンドワインド8Days        iwc.com より出典

2020新作時計の目玉でもあった新作ポルトギーゼ40mmを実際に拝見して色々と感じたので記事に残す。まず、今作はIWCの主力ラインであるポルトギーゼセグメントであり、3針スモールセコンド表示の最もシンプルなポルトギーゼである。これ以前のポルトギーゼと言えば縦目2カウンターのクロノグラフが売れ筋であり、これの他にスモールセコンドとパワーリザーブを何故か横目2カウンターで表示する7Daysオートマチックも展開としてあった。それと復刻に搭載されていたハンドワインド8Daysはシンプルな6時位置スモールセコンド表示であったが、これまた何故かデイト機構を追加したムーブも存在する。つまり、従来のポルトギーゼセグメントの搭載ムーブはクロノ・7Days・8Daysの3種類であった。

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(左)新作ポルトギーゼ40mm (右)初代ポルトギーゼ  iwc.com より出典

今作はこれに加わる4つ目のムーブであり、時分針と6時位置のスモールセコンドのみという最もシンプルなムーブメントである。そのため、プロダクトとしても最も洗練されたアピアランスを持ち、やっとポルトギーゼとしての本命が登場したように感じた。その造形はまさに初代ポルトギーゼを思わせるモノであり、一体今までの復刻コレクションはなんだったんだろうと思わせる程だ。新作40mmと初代を見比べれば、その類似箇所は随所で感じられるだろう。

ここからは実機に触れたインプレである。まずはケースであるが、造形は従来モデル同様に初代を彷彿とさせるシェイプを持つ。パテックの96ケースを少々マッシブにさせたイメージであり、ラウンドケースから一体化されたラグへと通じる美しく絞られたシェイプはどの角度から見ても美しいと感じるだろう。ドレスウォッチのような薄さを感じることはないため、繊細な美しさを堪能するまでには至らないが、そもそものコンセプトが違うため御託は控える。

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iwc.com より出典

ダイヤルはアラビアとミニッツマーカーを全てアプライドで備え、面倒なところまで作り込んでおり非常に丁寧な印象。ダイヤル中央には時分針のホゾを覆い隠すようにダイヤル側に袴のような立体的なリングが取り付けられている点は非常にこだわりを感じるが、これは従来のモデル(7Days、8Day)から行っている事。私も以前まで気づかなかったが、こういった細かな配慮が全体的なディテールに説得感を与える。対して針はプレス打ち抜きのような平たい印象に感じる。特に時分針の袴は面取りこそされているが平面的でありリーフハンドももう少し立体的な造形であれば完璧である。しかし、そこまで求めるとそれこそ雲上クラス群になってしまう為、比較対象がナンセンスではあるか。

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iwc.com より出典

 ムーブは新型のCal.82200。パワーリザーブ60h、振動数28,800Vph、自動巻機構は両巻きペラトン式である。89000系の主輪列と52000系で養われたペラトン自動巻機構を複合したムーブらしい。特にペラトンは凡そすべての摩耗パーツをセラミックに置き換えることで理論上摩耗は一切ないというから素晴らしい。自動巻の名機に数えられるムーブメントの殆どは自動巻機構を如何に効率よく巻き上げ、十分な耐久性を保つかという定石があり、パテックの27-460やロレの1500系以降などが挙げられるが、これに準ずるとこのムーブも名作なのではと感じる。ペラトン機構が裏蓋から丸見えな為、その駆動状態も確認することができる。機械好きやペラトン好きには十分満足できる仕様だろう。巻き心地は、ジリジリといった小刻みな巻き戻り防止装置の手応えが感じられるが個人的にはETAっぽくて好みではない。ちなみに余談であるが、ポルトギーゼクロノも旧型ETA7750ベースから新型自社クロノ移行に伴いコハゼを改良したというが、いまいち違いはわからず相変わらずのジリジリ巻き上げ。IWCは総じてジリジリ巻き上げなのかな。話を戻すが、当ムーブに至っては何故か手巻き方向が逆。つまり巻き上げは下方向の回転であり、これはムーブの制約により致し方ない事だが、これが違和感にしか感じられない人やこの仕様を受け付けない人は少なからずいるだろう。私としても一番残念なポイントである。

個人的な趣味嗜好から想うことを書き連ねたが、この時計が凡そ80万と考えればとても納得できるプロダクトである。現代における自社ムーブ搭載機の凡そすべてのミドルクラスウォッチ郡が100万オーバーである中、良質なムーブ搭載機をこの価格で打ち出すメーカーは少ない。恐らく、対抗馬としてはJLCマスターコントロールあたりだろうが、U100万ウォッチ郡もなかなか面白い時計が増えてきたなという印象である。

 

ポルトギーゼ・オートマティック40

¥797,500

ステンレススティー

直径 40.4 mm

厚さ 12.3 mm

サファイアガラスのシースルー裏蓋

防水性3気圧

ムーブメント

82200キャリバー

IWC自社製キャリバー

自動巻き

60時間パワーリザーブ

振動数28800.0回/時(4.0 Hz)

 

Czapek & Cie Antarctique Cal.SXH5

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czapekgeneve for instagram より出典

ブログ更新は久々になるが、やっと記事にできるトピックが上がった次第だ。それはチャペックから発表された新作時計であり、これはチャペックにおける新しいカテゴリーである。時計のディティールは昨今のトレンドでもあるラグジュアリースポーツウォッチスタイルであり、ラグスポ群の新作プロダクトはもはや驚くべき事ではないが、チャペックからの発表は衝撃的である。もはや、少量生産の独立系ブランドですらラグスポカテゴリーは押えなければならない領域らしい。

この新作時計は、既に様々なサイトで取り上げられている為、時計愛好家であれば既に読み込まれている事だろう。その為、外装及びブレスのディティールについては差し控えるものとし、本稿はこれに搭載される新開発ムーブメントに注力したい。さて、アンタークティックに搭載されるムーブメントはこの時計のために開発された新設計ムーブメントである。

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czapekgeneve for instagram より出典

これはアンタークティックに搭載されるCal.SXH5である。一目で感じられるディティールはマイクロローター及びスケルトナイズされた分割ブリッジである。これらはチャペックとしては新しい試みであり、ラグジュアリースポーツウォッチ群としてもまた新しい試みである。しかし、角穴車のオープンラチェットやブリッジ全面に施されたサンドブラストはチャペックのエッセンスを十分に感じられる。これ程までにスケルトナイズされたムーブメントである為、その内部構造や設計者の思想がより感じ取りやすいディティールである。おおよその内部設計はウォッチメディアオンラインのCCFan氏による記事で既に解説されており、記事をご覧になればこのムーブメントについての設計は明快になるだろう。

チャペック アンタークティック SXH5 マイクロローターセンサーセコンドムーブメントを探る | BLOG | WatchMediaOnline(ウォッチ・メディア・オンライン) 時計情報サイト

おそらくこのムーブメントの要はウォッチメディアオンラインでも取り上げられているように、オフセット輪列をセンターセコンドにすべく設計された秒車の取り回しだろう。まず、センターセコンド機には大きく分けて2種類のベース設計があり、4番車をセンターに据えるダイレクトセンターセコンド機と、4番車をオフセットし主輪列からバイパスしてセンターセコンドを駆動させるインダイレクトセンターセコンド機がある。前者の代表格はロレックスである。センターセコンド機にとって4番車をセンターに置くことが最も望ましい輪列構造であるが、これではセンターに輪列が集中する為に厚みが嵩む。よってセンターセコンド機を薄型に仕立てる為には、主輪列を外周に追いやり、仲介車とピニオンでセンターセコンドを駆動するインダイレクトセンターセコンドが望ましくなる。

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watch-media-online.com より出典

これがSXH5の輪列構造である。ご覧の通り2番車から動力が分岐しており、仲介車(青3番車)からセンターのセコンドピニオンに通じる設計だ。一見これは非効率な設計であると感じるだろう。通常であれば動力の分岐は3番車であり、これで直接セコンドピニオンを駆動させることが最も明快な輪列構造である。では何故、本作は仲介車を設けてまで2番車から動力を分岐させているかである。

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nakahiro.parfait より出典(Patek cal.27SC)

ここからは私の完全な構想である為、あしからず。インダイレクトセンターセコンド機では、秒針をオフセットさせることで秒車(セコンドピニオン)の挙動が不安定になりセコンドハンドのふらつきが発生する。コレは出車と秒車の歯数が合わない為だ。解決策としての通例は秒カナ押えバネであり写真(上)が示すの通りだ。秒車に対して押えバネでテンションを加えることで挙動を安定させることができる。しかし、この押さえバネが時としてテンプの振り角に影響を及ぼすのだ。

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yuhaotime.com より出典

写真(上)はPatekのCal.12SCである。コレは1940年に開発されたオールドパテックムーブであり、センターセコンドが世に流行り出した時代背景の中で生まれた出車式のインダイレクトセンターセコンド機である。当時はダイレクトセンターセコンド構造がまだ世に出る前であり、スモールセコンド輪列に出車でセンターセコンドを仕立てるこの構造が主流であった。ご覧になれば分かる通り、どこかクロノグラフを思わせる造形であるのは、4番車を出車とし仲介車を設けている為だ。しかし、通常の出車は3番車に設け、これで直接秒車を駆動させるのが一般的である。パテックがこのような取り回しを行ったのには、やはり秒針のふらつきが懸念された為である。Cal.12SCは前述したように、まさにクロノグラフ構造そのものだが、このように4番車→仲介車→秒車と輪列を設けることで各車の歯数を最適に調整できる為、秒カナ押さえバネを設けずとも秒針の挙動を安定させることができる。構造は違えど、本稿のSXH5も同様の思想を取り入れたものではないかと思った次第である。

AudemarsPiguet photo snap

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Brand: AudemarsPiguet 

Model: jules audemars extrathin

Ref: 15180OR.OO.A002CR.01

Diameter:  41mm

Height: 6.7mm

Material: 18K pinkgold

Movement: cal.2120

Winding: Self-wound

Frequency: 19,800 beats per hour (2.75 Hz)

Power reserve: 40 hours

 

ジュールオーデマ エクストラシン 15180OR 徹底解析 - About Watch Diary